石井裕之さん
August 16, 2012
『キルトの家』
諸君!
魂のはなしをしましょう
魂のはなしを!
なんという長い間
ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう

セラピストの石井裕之さん がオススメしていた
山田太一脚本のNHKドラマ
『キルトの家』を観た。
冒頭は橋場という老人(山崎努)が
ドラマの最初で、若者(三浦貴大)の気を引くために仰々しく
演説ぶって言い放つ台詞。
若者はちょっと驚き、尊敬の念さえ持つが、
「ただの受け売り。吉野弘の詩だ」と
老人は後でネタばらしする。
これはきっと作者からの私たちに対する投げかけ。
もうそこからは胸をわしづかみにされて山田太一ワールドへ〜。
何度・・・前編、後編の2枚のDVDで
本当に、何度泣かされたのか・・・。
私は何にそんなに泣いたのだろう・・・。
人の哀しみになのか、
人の優しさになのか。
多分、登場人物の優しさの中に見え隠れする
その人の哀しみに。
独り、尊厳を持って、自由であろうとする姿に。
そしてなぜか、
登場人物達のお互いのちょっとしたずるさや嫌なところは、
観ていてかえってホッとした。
現実感を伴う、
厳しいけれど、温かい目線がそこにあったから。
ドラマ観たの久しぶりだけど
山崎努が、歳と共に益々かっこいいっ!
松坂慶子、太ったのがこれまたご愛敬で魅力的っ!
もちろん、オススメの一本ですっ!
岩手 盛岡 yoga studio シャンティシャンティ
魂のはなしをしましょう
魂のはなしを!
なんという長い間
ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう

セラピストの石井裕之さん がオススメしていた
山田太一脚本のNHKドラマ
『キルトの家』を観た。
冒頭は橋場という老人(山崎努)が
ドラマの最初で、若者(三浦貴大)の気を引くために仰々しく
演説ぶって言い放つ台詞。
若者はちょっと驚き、尊敬の念さえ持つが、
「ただの受け売り。吉野弘の詩だ」と
老人は後でネタばらしする。
これはきっと作者からの私たちに対する投げかけ。
もうそこからは胸をわしづかみにされて山田太一ワールドへ〜。
何度・・・前編、後編の2枚のDVDで
本当に、何度泣かされたのか・・・。
私は何にそんなに泣いたのだろう・・・。
人の哀しみになのか、
人の優しさになのか。
多分、登場人物の優しさの中に見え隠れする
その人の哀しみに。
独り、尊厳を持って、自由であろうとする姿に。
そしてなぜか、
登場人物達のお互いのちょっとしたずるさや嫌なところは、
観ていてかえってホッとした。
現実感を伴う、
厳しいけれど、温かい目線がそこにあったから。
ドラマ観たの久しぶりだけど
山崎努が、歳と共に益々かっこいいっ!
松坂慶子、太ったのがこれまたご愛敬で魅力的っ!
もちろん、オススメの一本ですっ!
岩手 盛岡 yoga studio シャンティシャンティ
December 12, 2009
損する智慧
石井裕之さんとひろさちやさんの対談を読みました。
「損する生き方」のススメ (Forest 2545 Shinsyo)
著者:石井裕之
販売元:フォレスト出版
発売日:2009-11-27
おすすめ度:
クチコミを見る
一般的な知恵というのはどうしたら自分が得をするか、
損をしないですむかという損得の知恵でもある。
そういう世間の知恵に縛られるのはやめて、
仏教の「般若の智慧」のおしえにある、
「損する智慧を磨け!」という話があり、とても唸ります。
というのも、パッと聞くと一般的な知恵の考えとまったく逆の発想で
何か気づいたような、わかった気になるのですが、
よく読むとなかなか深いのです。
まずはどんなふうにしたら「損する智慧」をもてるか。
考えてみると、自分自身、毎日の生活の中で、
少しでも自分が得をするようにアンテナを張り巡らしていることに気づきます。
品物はちょっとでも、誰よりも安く買いたい・・・
本を買うときも何冊目か下のきれいなのを取ったり・・・
少しでも多く店員さんからのサービスが欲しいと思ったり・・・
映画館や、食事しに行ったり、新幹線に乗るときも、
少しでもいい席に座りたいとか・・・
もらえるものは少しでも多くほしいとか・・・
挙句の果ては、誰かが自分より得してると思うと落ち着かない!?など。
ひろさちやさんは
まずは、自分に見合った損をしろ、
と、おっしゃってます。
でもそれがまた、
・・・ここからが難しいのですが、
・・・まるで悟りの境地です。
途方もなくなると共に、
自分の行動のほとんどが
『何かを得るために何かをする』
という公式が多いことに改めて気づかされます。
最終的には「損をする智慧」の核は、
仏教の「布施」にあるとひろさちやさんは仰ってます。
損というのも、
自分がいっぱい取った後に相手にあげるのではなく、その前の段階で、
自分に出来る範囲の損をして、自分が持たないでおく。
そのくらい、なくてもいい、
手に入れようと思ったら入るけど必要以上に欲しがらない。
それが「損する智慧」。

著者:石井裕之
販売元:フォレスト出版
発売日:2009-11-27
おすすめ度:

クチコミを見る
一般的な知恵というのはどうしたら自分が得をするか、
損をしないですむかという損得の知恵でもある。
そういう世間の知恵に縛られるのはやめて、
仏教の「般若の智慧」のおしえにある、
「損する智慧を磨け!」という話があり、とても唸ります。
というのも、パッと聞くと一般的な知恵の考えとまったく逆の発想で
何か気づいたような、わかった気になるのですが、
よく読むとなかなか深いのです。
まずはどんなふうにしたら「損する智慧」をもてるか。
考えてみると、自分自身、毎日の生活の中で、
少しでも自分が得をするようにアンテナを張り巡らしていることに気づきます。
品物はちょっとでも、誰よりも安く買いたい・・・
本を買うときも何冊目か下のきれいなのを取ったり・・・
少しでも多く店員さんからのサービスが欲しいと思ったり・・・
映画館や、食事しに行ったり、新幹線に乗るときも、
少しでもいい席に座りたいとか・・・
もらえるものは少しでも多くほしいとか・・・
挙句の果ては、誰かが自分より得してると思うと落ち着かない!?など。
ひろさちやさんは
まずは、自分に見合った損をしろ、
と、おっしゃってます。
それぞれの人がそれぞれの立場で損の仕方を考えることです。
みんながみんな闇雲にめちゃくちゃな損をしろと
おしえているわけではないのですから、
自分はどの程度の損をできるか、
それを考えろというのです。そこが智慧の智慧たる所以です。
自分にできるちょうどいい損をすればいい。
それぞれの立場で損をする智慧を磨くわけです。
自分ができる範囲の損をちょっと実践すると、
ちょっと得する人ができて、その人も自分に見合った損を実践する。
すると、損する智慧が順繰りにめぐっていって、
結局はみんなが豊かになる、ハッピーな気持ちになる。
反対に、みんなが自分だけは得をしようなんて考えると、
逆の連鎖が働いてしまう。
今の社会にはそういう面がある。
「損する智慧」というのはだから、みんなが気持ちよく、
幸せになれる教え(石井さん談)
でもそれがまた、
・・・ここからが難しいのですが、
「損する知恵」を素直に実践しようと思う人でも、
じつはそれによって、
最終的には何か得をしようと思っている心が潜んでいる。
究極的には救われたいとか、
立派な人でありたいとか、
天国に行きたいとか。
だから「損するために損をする」という境地に至れたら、
それは実に尊いことですね(石井さん談)
おっしゃるとおりです。
「損して得とれ」という諺がありますけれども、
あれとは違います。
あれは方便として、一時的には損だけれども
結局は得することを考えているからです。
そうじゃなくて、自分はどれだけ損することができるか、
と考える智慧です(ひろさちやさん談)
・・・まるで悟りの境地です。
途方もなくなると共に、
自分の行動のほとんどが
『何かを得るために何かをする』
という公式が多いことに改めて気づかされます。
最終的には「損をする智慧」の核は、
仏教の「布施」にあるとひろさちやさんは仰ってます。
「布施」というのは、
積極的に誰かに何かをしてあげなさい、施しなさい、
ということではないんですね。
私たちの貪りの心をなくすことです。
貪らないこと、欲をかかないこと。
損する智慧の要諦もそこにあると考えて欲しいと思います。
自ら損をして相手に恵んであげるというのは二義的なことなんですね。
大切なのは、欲張らない心だと(石井さん談)
自分が持っているものを相手に与えたり譲ったりすると、
それがいいことだとしても、
自分はいいことをしたんだという
エゴが満たされるような側面もでてきます。
ところが、最初から何も取ろうとしなければ、
ほんとうの意味での布施になる(石井さん談)
損というのも、
自分がいっぱい取った後に相手にあげるのではなく、その前の段階で、
自分に出来る範囲の損をして、自分が持たないでおく。
そのくらい、なくてもいい、
手に入れようと思ったら入るけど必要以上に欲しがらない。
それが「損する智慧」。