倉本聡

August 15, 2009

清浄:シャウチャ

「オーラの泉」で倉本聡さんが出ていました。
「北の国から」を初め、数々の名作をこの世に送り出している
脚本家の方です。

ものすごく集中して一日で書き上げた後に、
今度はものすごく具合が悪くなって吐いたりと、
何か、神様のようなものに書かされているようで、
自分で書いている気がしないことがよくあったそうです。

或る年、賞を8つも取って、これは自分の力なのか、
それとも神様のような、自分じゃないものの力によるものなのかと自問して、
神様のはずがない、自分の実力だ。

と思った途端に、その後4年間何も書けなかったり・・・。

お話を聞いていると、相当スピリチュアルな方のようでした。


「もの作りをする人は、神様が奏でる良い楽器であればいい」

「そのためになるべく自分を清い状態にしておくことが大事」

そうおっしゃってたのが、心に残りました。
そういうこともあって、富良野にも導かれたんですね。



ヨガの教科書「ヨーガ・スートラ」の中に、
ヨーガを実践するにあたって、

ニヤマ:勧戒

という、個人生活の中の規範が5つあります。

清浄:シャウチャ
知足:サントーシャ
苦行:タパス
読誦:スヴァーディヤーヤ
祈念:イーシュヴァラ・プラニダーナ

倉本さんのお話を聞いていて、ニヤマの最初、
「シャウチャ」を思い出しました。

シャウチャ:清浄 

は、読んで字のごとく、身体と心をきれいに保つということです。

身体の清浄は、清潔であることの他に、
体内に入る食べ物も純粋で自然なものがいいとされてます。

心の清浄とは、嫌悪や欲、ねたみ、嫉妬、自尊心などについての思考や感情と、
『本来の自分の存在』を同一化するのをやめることを意味します。


『ヨーガ・マーラ』(産調出版)には
バヒル・シャウチャ(外側の浄化)と
アンタハ・シャウチャ(内側の浄化)の2タイプあるとして、
こんな風に書かれています。

「アンタハ・シャウチャはあらゆる事物とあらゆる生き物を友とみなし、
すべてを愛をもって扱う(マイトリ)を意味します。
これは、自分の意識を、すべてのものは我々の友であるという
至高の感覚に結びつけ、
すべてのものを神の反映であると考えることを意味しています」

清浄・・・清くあるということが、ここまで広がっていくんですね。

倉本聡さんの、
「なるべく自分を清い状態に保つ」

というのが、富良野に森を再生すべくゴルフ場に植樹したりすることなんだと、
しっかりと現実に根ざした、そして、奥深い「シャウチャ」を感じました。


宝物は何ですか?の質問に、

「森」

と答えた倉本聡さん。

素敵です。

moriokayoga at 23:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)