March 11, 2013

祈ろう、すべての人へ

「今日、せめて、晴れてよかったね」
と、朝、顔を見合わせたとき母が私に言った。

私もカーテンを開けたときそう思いました。

みんな思ったかもしれないですね。

今朝の岩手日報。
以下は、作家の伊集院静さんが県民に寄せたメッセージです。

******************

祈ろう、すべての人へ

あの日から三年目の朝が来た。
目を覚ましたら、私もあなたも祈ろう。

まだ帰らない家族を待っている人たちに明るい報せが来るように。
遠くへ行った両親、祖父母、友達のことを思ってはうつむく子供たちのために祈ろう。
いつか明るい光が差して、
皆をきっとしあわせにしてくれるように。

あの日から三年目の太陽が、
青空が、雲が、波が見えたなら、私たちは祈ろう。

かけがえのない子供や、孫や、
話し友達を亡くしたオジイサン、オバアサン、
ご両親にきっと笑える日がくるように。

大切な仕事、職場、家を失った人に
また生き甲斐の時間や安息の場所が帰ってくることを。

あの日から三年目の夕暮れが来たなら、私たちは祈ろう。

まだ家族が帰ってこない人々に、
恋人を失くした若者に、
いつかまぶしいものとめぐり逢える日がくるように。

夕餉の食事を一人で摂っている人のためにできればその灯りを訪ね、
笑って食事ができるように。

あの日から三年目の星がまたたいてきたなら、
一家団欒を思い出している人のために、
いつか同じように笑える日がくることを。

一人で夜空を眺め、
いとしい人に話しかけている人のために、
いつかその人の声が聞こえる日がくるように。

そうして何よりこの空の下で、
いつかあなたたちが生きていてよかったと思える日がくるように・・・。

わずかな手を差しのべることと、祈ることしかできないけれど、
それが何より、人間が成す美しい行動であり、
命の尊厳をわかってもらえることだと、私は思う。

2011年3月11日

北の地では今もなお2676人のまだ帰らぬ人たちがいて、
その人を待ち続ける何万人の人々が海を、
空を、風を、星を見続けている。

あの震災で1万5881人の人々が遠くへ旅立ち、
残された人々の哀しみを想像すると、哀悼せざるを得ない。

しあわせのかたちはどれもどこか似ているものだが、
哀しみのかたちはひとつひとつが皆違っていて、
切ないほど日々の暮らしに忍び寄り、
人々を沈黙させてしまう。
黙っていてはダメだ。
うつむいていてはダメだ。
しゃがみ込んでいてはダメだ。

私たちは祈ることしかできないけれど、
あなたが立ち上がり、歩き出し、空を見上げ、
どんな言葉でもいいから声を上げてくれることを切に望んでいる。

死をともなう人間の哀しみはたとえることができぬほど辛く苦しいものだが、
今こうして私たちが生き続けているのは、
それを乗り越えた人たちが日本と日本人に大勢いたことの証と私は思っている。
私の小さな経験から言わせてもらえば辛い苦しい時間の積み重ねこそが、
新しい光への道程なのです。
そうして光の中でいつかこう思う時がくるはず。
自分がこうして生きているのは、
あの人たちのお蔭なのだと・・・。

三年目の朝が来た。

目を覚ましたら、私もあなたも祈ろう。

三年目の空が、青空が、雲が、波が見えたら、

私たちは祈ろう。

三年目の星がまたたいたなら、

私たちは祈ろう。

すべての人々のために・・・。


*****************


心を動かされるものがあり、

つい全文載せてしまいました・・・。

人と死に別れる哀しみを背負ってきた伊集院さんの言葉には
重みとやさしさがあり、

これは、被災された方へのメッセージであると共に、

なんだか自分(私)に対する叱責のように聞こえました。

三年目だから祈るのではなく、

これはきっと毎日の祈りであるべきだと。



今日のクラスは、集まってくれた人たちと
ささやかではありますが、祈りを捧げたいと思います。


すべての方々へ。

そして、

まだ遺体の見つからないご遺族の方々に、
少しでも早く、安らぎが訪れますように。



岩手 盛岡 yoga studio シャンティシャンティ

moriokayoga at 15:25│Comments(0)TrackBack(0) 震災後のこと 

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